沿革

1863年(文久3年)、江戸幕府の遣欧使節の三宅秀が、船中でインド人が食事する様子を見て「飯の上へ唐辛子細味に致し、芋のドロドロのような物をかけ、これを手にて掻き回して手づかみで食す。至って汚き人物の物なり」と日誌に記している。
1872年(明治5年)、カレーライスのレシピを記した本「西洋料理指南」(敬学堂主人)、「西洋料理通」(仮名垣魯文)が出版される。
1876年(明治9年)、当時、札幌農学校の教頭として来日していたウィリアム・スミス・クラークが、「生徒は米飯を食すべからず、但しらいすかれいはこの限りにあらず」という寮規則を定める。
1877年(明治10年)、東京の洋食食堂「風月堂」が、初めて日本でライスカレーをメニューに載せる。
1903年(明治36年)、大阪の「今村弥」(現ハチ食品)が、初めて日本でカレー粉を製造販売。
1904年(明治37年)、東京・早稲田の飲食店「三朝庵」が、初めてカレーうどんをメニューに載せる。
1906年(明治39年)、東京・神田の「一貫堂」が、初の即席カレールウ「カレーライスのタネ」を発売。
1908年(明治41年)、帝国海軍が配布した「海軍割烹術参考書」にカレーライスのレシピが載る。
1910年(明治43年)、帝国陸軍が配布した「軍隊調理法」にカレーライス(辛味入汁掛飯)のレシピが載る。
1924年(大正13年)、東京・神田の簡易食堂「須田町食堂」が、初めて廉価(8銭)でカレーライスをメニューに載せる。
当時の大卒初任給70円、日雇労働者日当1円63銭
1926年(大正15年)、「浦上商店」(現・ハウス食品)が、「即席ホームカレー」を発売。翌年、商品名を「即席ハウスカレー」に変更。
1927年(昭和2年)、東京の「新宿中村屋」「資生堂パーラー」が、高級カレー(80銭、50銭)をメニューに載せる。
1929年(昭和4年)、大阪・梅田の「阪急百貨店」の大食堂が、廉価(20銭)でカレーライスを販売。
1930年(昭和5年)、山崎峯次郎(エスビー食品の創業者)が、国産カレー粉第1号を発売。
1931年(昭和6年)、「C&Bカレー事件」発生。イギリスのクロス・アンド・ブラックウェル(C&B) 社のカレー粉は、品質がよいとされていたが値段が高く、増量材を混ぜたり中身を国産品に詰め替えた安価な偽物が出回った。これは日英間の国際問題にまで発展し、偽造グループが逮捕された。この事件ののち、安価な国産カレー粉が見直され、カレーライスの低価格化が進んだという。
1941年(昭和16年)~1945年(昭和20年)、戦争による食料統制のため、カレー粉の製造・販売が禁止された。ただし、軍用のカレー粉だけは細々と製造された。
1946年(昭和21年)、終戦によりカレー粉の製造・販売が再開された。ただし、原料の調達はスムーズではなかった。
1949年(昭和24年)、浦上商店が「即席ハウスカレー」の製造を再開。
1954年(昭和29年)、エスビー食品が即席カレー分野に進出。
1960年(昭和35年)、ハウス食品工業株式会社(旧浦上商店)が「ハウス印度カレー」を発売。以後、インスタントカレールウの主流は固形タイプになる。
1969年(昭和44年)、大塚食品、初のレトルトカレー「ボンカレー」を発売。
1982年(昭和57年)、全国学校栄養士協議会が1月22日をカレーの日と決め、全国の小中学校で一斉にカレー給食を出す。以後この日が、カレーの日とされている。

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